隅田川からスカイツリーと新宿御苑の菊の花

秋晴れの1日、気持ちの良い陽気に誘われてカメラ片手に浅草や新宿周辺を散歩して来た。
久しぶりののんびりとした気分であった。
隅田川からのスカイツリーの眺めと御苑に咲く菊の花を鑑賞してきた。


吾妻橋からみた武蔵の国のスカイツリー
仰ぎ見れば見るほど大空へ吸い込まれそうだ。

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新宿御苑の菊の花(展示)

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菊の展示

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# by ogawa-kazu67 | 2011-11-04 09:48 | 散歩

出雲路を訪ねて

8月も終わりになるが、数日出雲松江方面を旅してきた。
幸い天気には恵まれ、出雲路をたっぷり味わうことができた。
松江城の優雅な天守閣やそこから望める松江市街、宍道湖の展望など、また日御碕の灯台少し離れてやすき市内にある、足立美術館の庭園や様々な美術工芸品を心行くまで鑑賞した。



松江城天守閣
7代松平不味公など松江の文化を形成したこの城から出発している
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天守閣内にある井戸・・非常時に使用する。
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五層の天守閣から見た宍道湖と松江市内
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日御碕灯台
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灯台からの日本海遠望
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足立美術館庭園
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宍道湖の夕日
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# by ogawa-kazu67 | 2011-08-31 10:19 | 旅行

長崎紀行

学生時代の仲間と6月のはじめ、九州は長崎方面に旅をしてきた。
九州へは久し振りの訪問である。
キリシタンとの文化交流をはじめ、オランダ ポルトガル イギリスなど国々と初めて交流した文化を追いかけての楽しい旅であった。
なお、浦上天主堂、平和記念公園、大浦天主堂、グラバー園、出島 ハウステンポス等々見るところ大変多く忙しい日程でもあった。
短い日程ではなかなか回りきれない状況で再度訪れたいと思う。
幸い期間中天気には恵まれての遠出でした


大浦天主堂
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グラバー園 旧三菱ドッグハウス
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岩崎弥太郎他集合写真
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レトロ写真館
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旧グラバー住宅
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平和公園  平和の鐘
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平和記念像
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浦上天主堂
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眼鏡橋
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ハウステンポス
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出島
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島原城天守閣
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# by ogawa-kazu67 | 2011-06-09 22:39

滝山城址を散策して

五月晴れのある日ふと思いついて八王子市の北西、多摩川と秋川が合流する丘陵地帯の尾根沿いに滝山城という戦国時代の古城跡がある。私はその城址を訪ねてみた。
多摩川を一望する標高約160mの丘にあるこの城址は史跡によると、1520年の頃武蔵の国の守護代であった大石氏が近くの高月城から移転築城したものと云われており、その後小田原北条の北条氏照が城を強化拡充し自らの居城としたものであると云われる。
その規模雄大さは関東の指折りの堅固な山城と云われ、関東周辺の戦国武将からも一目も二目もおかれていたといわれる。
戦略的な配慮から1580年代に小仏峠近くに八王子城を築城し移転するまで強固な城として君臨していたと云われる。
現在では、本丸、中の丸、二の丸、掘割、土盛りなど縄張り跡は見事に保存されており、都、市の文化財として高く評価されている。
今回、歴史的価値の高い山城を垣間見る散策を体験した。
確かに近代の城の如く天守閣や石垣はないが、雄大かつ強固な山城として想像できる史跡が残されており、大変興味が注がれる思いであった


本丸跡石碑
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本丸広場にある井戸の遺構
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本丸曲輪と中の丸曲輪を繋ぐ木橋・・下は掘割
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# by ogawa-kazu67 | 2011-05-11 17:49

片倉城址を訪ねて

3年半のご無沙汰です。
また、またぞろ気を取り直して、時間を見ながら投稿しますのでよろしくお願いします。
久しぶりに、都内の古城の跡を思い付くままに歩いてみました。
JR横浜線の八王子駅の次、片倉です。
ここに、古城の跡があるのを思い出しました。
1300年代に築城されたものらしいのですが、その後時を経て、戦国時代に小田原北条氏が
小田原から八王子城に軍勢を移動するときにその中継点として使用したものと思われていたらしい。
そんな謂れがあります。
実際には定かではありません。・
しかし、その様な思いに深けておりますと何となくその時代の郷愁が頭に浮かぶんですね。









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# by ogawa-kazu67 | 2011-04-16 17:35

小机城祉を散策して・・・


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小机城址全景(丘陵)

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所在地  :  横浜市港北区小机町
アクセス : JR横浜線 小机駅下車
城の種別 :  平山城
築城時期 :  1430年代(永亨年間)?
築城者 :    山内上杉氏

小机城はJR横浜線小机駅から西北に500mほどの丘陵地帯にある。
小机駅から八王子方面に向かって最初の丘陵地帯に至るところが小机城址である。

先に紹介した石神井城主豊島泰経が大田道灌に追われ小机城に逃れたが,時を移さず道灌に攻められて落城した。
その後、後北条氏の勢力が伸びるに従い北条氏秀・氏堯と城主が変わりながらも城代笠原氏が実質治めていた。
そして、近隣の武士を「小机衆」として組織化し、その地域を支配した。
1450年の頃である。

現在、城祉は第三京浜道に縦断されて小机城も寸断されている。


(遺構)

曲輪・土塁・空堀・櫓台・井戸跡等が残されており、本丸・二の丸の跡と思われる広場も残されている。
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小机城祉碑

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土塁跡・・・この上に本丸跡、二の丸跡と思われる広場が連なっている。

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空堀跡・・・この様な史跡が規則正しく配置されている。
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# by ogawa-kazu67 | 2007-10-30 22:41

石神井城址を訪ねて



  東京都練馬区の石神井公園の一角にある三宝寺池の南の高台

 に位置している古城の跡が残されている

 石神井城である。
     
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                 三宝寺池(城址はこの台地に広がってる。
 
 
 * 所   在   

    東京都練馬区石神井台西武新宿線、池袋線の上井草駅あるいは石神井公園から
    
    どちらもバスで、「三宝寺池」で下車徒歩5分くらい。

 * 歴史・由来   
    
    石神井城は、平安時代末期から室町中期まで武蔵の国周辺に勢力を持っていた

    豊島氏の居城の一つである。
        
    1477年に太田道灌に攻められ落城したが、そのまま廃城となった。
        
    最後の城主豊島泰経は、小机城(横浜市)に遁れた。
        
    城は、石神井川と三宝寺池に挟まれた台地に築かれ自然の地形を利用して防御

    されている。

 * 遺   構   

     現在は、空堀と土塁が残されており、それらに区画された高台の平坦な場所に

     郭がいくつか築かれていたと思われる。
        
     貴重な遺跡として保護されている    


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            石神井城の碑      e0117204_2034849.jpg
                           
      

      

       



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          土豪と空堀の遺構 
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# by ogawa-kazu67 | 2007-09-25 20:41

奥澤城祉と九品仏浄真寺

彼の地は、幼少の頃から住み慣れた所でお寺の境内は良く遊びまわった場所でもあり
懐かしい地域であります。
わが幼少の頃は、池や川も多く自然に恵まれた素晴らしい環境でもありました。
                  浄真寺山門
 
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所在地 東京都世田谷区奥澤7丁目界隈
(九品山浄真寺境内)
アクセス 東急大井町線九品仏駅北へ徒歩5分

    「由 来」
 
  城の種別      平  城

  築城時期      天文~永禄年間(1520年頃?)

  築城者       吉良頼康

  遺  構      土   塁

 
 1520年頃、世田谷城主であった吉良頼康によって築城された平城である。
 
 その城を頼康の家臣大平出羽守が守護して、居としたのが館跡である。
             (世田谷城の支城)

 豊臣秀吉ににより小田原北条家が滅ぼされた後この城も廃城の憂目にあう。

 その後、1678年珂蹟上人により創建された浄真寺は、今でもその姿を残している。

 寺の境内には、奥澤城を偲ぶ土塁があちこちに温存されており、当時の面影を

 偲ぶものがある。

 また、境内の周りは兵に覆われているが土塁が張り出していて、堀跡ではなかろうか?
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# by ogawa-kazu67 | 2007-08-05 20:55

夏くさやつわものどもの夢のあと

 若い頃から何故か日本のお城や古城に憧れみたいなものがあって、何故そんな思いがあるのか一向にわからない。
おそらく、そこに山があるから登るんだの類だろうと思っている。
現役の頃、地方特に城下町などに出張すると何がなくとも必ずお城を見物に出掛ける。
 日本のお城は素晴しい造形美、建築美があり建物がかもし出す落ち着いた安定感が私の気持ちを落ち着かせてくれる。 また草深いそして今は何もないただ1本の石碑がひっそりとあったり、間違いなく嘗ては立派な城があったと思わせる掘割や土塁が昔日の姿を思い起させてくれる。
 歴史に溢れた雰囲気をかもし出してくれるそんなノスタルジアな雰囲気がたまらない。

東京都内の郷土史を紐解くと、私達が住みなれたこの土地にも思いがけない多くの古城祉に気が付く。
ふと、思い立って嘗て30年以上も住んでいた世田谷の世田谷城を訪れた。
 東急世田谷線(通称、玉電でちんちん電車に似ている)の豪徳寺から上町にかけて散策する。
この世田谷城は、南北朝の中期(今から630年くらい前)足利氏と同族 吉良氏が築城したもので、天正18年、豊臣秀吉の小田原攻めにより落城したとある。
 都心とは思えない閑静な住宅街の中に緑豊かな森に覆われた小山に世田谷城址公園がある。
地続きの豪徳寺と言う著名な寺院をも配下に収めた広大な土地に戦略溢れた城がそびえていたことだろう。

今でも、公園には二重の空堀と土塁が現存されており、一見の価値はあろうというものだ。
丘には、外曲輪とか出城の跡らしいものがあったと想像される古城の面影を今に伝えている。


序ながら、豪徳寺は由緒あるお寺にして、彦根藩主井伊氏の菩提寺でもある。
「安政の大獄」「桜田門外の変」でお馴染みに井伊直弼はここに眠っている。
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# by ogawa-kazu67 | 2007-07-01 17:00

川越そぞろ歩き

川越は、関東で数ある市街地の中でも

何か郷愁を感じさせる街で、小生にとって好きな都市のひとつだ。

もともと、1457年太田道灌によって築城された川越城

(後の初雁城)を中心に発展した城下町で大変栄えた街である。

江戸に徳川家康が入城してから幕藩体制をしっかり支えてきた

有力な藩主によって治められ、繁栄の一途を築いてきた政治、商業、

工業の要所でもある。

川越街道と新河岸川を持って交通の要所でもある。

現代でも、初雁城本丸、喜多院(天海僧正・春日局等で有名)、時の鐘、

蔵作り商家等を佇む静かな街並みを擁した落ち着いた街だ。
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# by ogawa-kazu67 | 2007-01-21 15:19


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